矢切の渡しは都内の唯一の渡し船である。対岸の矢切とを結ぶことから、矢切の渡しといわれてきた。1631(寛永8)年、地元住人専用に関東郡代伊奈半十郎を管理者として、幕府が設けた橋場のひとつ。関東大震災後に鉄橋がかけられるようになると、渡し場はつぎつぎと姿を消していった。隅田川では、昭和39年に佃の渡し、昭和30年千葉県側には伊藤左千夫の野菊の墓の碑代終わりに宮掘の渡し、昭和41年に汐入の渡しが廃止された。多摩川では、昭和初年に二子の渡し、昭和24年頃に矢口の渡し、昭和48年には菅の渡しが廃止された。江戸川では昭和40年に三太の渡しが廃止された。こうして東京で現存する渡しは、矢切の渡しただ一つとなった。 柴又帝釈天界隈と矢切の渡しは日本の音風景100選に選ばれた。小説や歌謡曲でも有名。
東京23区内〜柴又帝釈天〜寅さん記念館〜巣鴨とげぬき地蔵〜東京23区内 コース番号:TK00019
東京23区内〜柴又帝釈天〜東京23区内 コース番号:STK0015